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シャア専用ねこのブログ

鳥取の宣伝をメインに、日々の雑感や体験、出来事などをてきとうに記載

不謹慎狩りに見る、被災地の方々の為にすべきこと、すべきでないこと

どんもっす。

 

色んな「狩り」が世の中にはあります。

・梨狩り、いちご狩り、リンゴ狩り、紅葉狩り、刀狩り、おやじ狩り…

 

今の日本では言葉狩りなんてのが流行ってしまって、世知辛い世の中だなぁと思ってましたが、なんと今度は不謹慎狩りが!!

 

要は、災害や事故などで世間が落ち込んでいるときに不謹慎なことするな!ってことらしいのですが、その叩き方があまりにもアホらしいです。

 

有名人の地震時の対応がなっとらん!という不謹慎狩りのニュースがこちら👇

headlines.yahoo.co.jp

 

記事をまとめますと

紗栄子さんが500万寄付 ⇐ 「いちいち(金額を)出すな」「好感度上げたいのか」

・紀香さんがブログで被災地にエール ⇐「自分に酔ってる」「地震天罰と言いたいのか」

長澤まさみさんが笑顔の写真をインスタグラムにアップ ⇐「不謹慎だ」

矢口真里さんがブログで募金活動に言及 ⇐ 「でしゃばるな」

井上晴美さんがブログで自宅の状況を吐露 ⇐ 「愚痴りたいのはお前だけではない」

 

………どうしろと。

 

こういう文句をいう方々は、自分たちがおかしなことを言っていることに気づかないんでしょうかね?

気づかないんでしょうね。

 

こういう方々の思考は大前提が間違っているんです。

「熊本・大分で大災害が起きた!」⇒「熊本・大分の方々が可哀そう」⇒「はしゃいだり大騒ぎをすると熊本・大分の方々に申し訳ない」⇒「だから皆で不謹慎なことは控えよう」⇒「なるべく大人しくしましょう」

っていう考えなんでしょうけど、これは大間違いです。

 

そもそも、災害が起きたときに他地域ではしゃいだり大騒ぎをするのは不謹慎なことでもなんでもありません。

もちろん、災害が起きたこと自体を喜んだりしたら、それは不謹慎なことです。

そんな理由ではしゃいだりする輩は大いに叩くべきですし、取り締まるべきです。

 

でも、大多数はそうではないですよね?

大多数の方々は復興への活力を求めて大騒ぎしているんです。

そしてこれはどんどんするべきだと私は思っています。

 

どんなきれいごとを並べたところで、復興に必要なものは重要なものから順に

・お金 

・救援物資

・人手(ボランティア含む)

 

の3つと思われます。

そのどれもが被害を被った地域だけでは到底足りない、用意できないものです。

周辺地域あるいは日本全国からの支援が必要になるのですが、その時に重要になってくるのが、復興への活力なんです。

 

考えてみてください。

災害が起きたからと言って、日本全体が自粛ムードになって、どんより落ち込んでいたら、災害支援をしよう!なんて気が起こらなくないですか?

被災地以外は自粛する必要なんて全くないと私は思っています。

 

災害が起きたときに、被災地以外の方々がすべきことは、一緒になって被害を悲しんで落ち込んで、自粛することではないんです。

被災地が復興への活力を取り戻す、その支援をすること。

その支援をする側が落ち込んでいたり、自粛ムードだったら、救われる方も救われないでしょう。

 

工場などが停止したら、各産業の生産量が低下します。

物資も不足するかもしれません。

GDPも落ちます。

要は日本全体として資金不足に陥るんです。

そんなときに、自粛自粛では何も始まりません。

日本全体で自粛して、余裕が無くなったら、誰も災害地を支援できなくなるでしょう。

 

災害時に必要なのは、普段から余裕のない方々が自分たちの食費を削って、なけなしのパンを被災地に送ることではなく、圧倒的裕福層達からの支援なんです。

自粛ムードに陥ったら、誰も何もできなくなります。

そのことは頭に入れて行動しましょう。

 

それでもなお、自粛するというのであれば、それは個々人の自由ですので止めはしません。

でも、身銭を切ってまで被災地に支援するという芸能人を叩いて良いわけがありません。

不謹慎狩りの方こそ自粛すべきです。

 

 

そもそも東日本大震災被災地はまだ復興できていない

時間が経つと、災害があったことそのものが風化していくのは仕方のないことかもしれませんが、これは結構怖いことだと私は思っています。

 

例えば、東日本大震災被災された方々で、今なお避難生活を余儀なくされていらっしゃる方々は大勢います。

まだ傷が癒えていらっしゃらない方々も大勢いるでしょう。

 

私が気になるのは、災害が起きた後、どの程度時間が経ったら世間の関心が薄れるのか、です。

災害が起きた直後だけ支援して、時間が経てば支援を止めるというのはおかしな話でしょう。

もちろん、継続的に支援するのは非常に困難だと思います。

当然、自分の生活が第一ですので。

 

ある程度復興の目途が立ったら支援を止めるのか?

大多数の方々が日常に戻れたら支援を止めるのか?

日常に戻れなかった方々の支援は今後どうするのか?

 

災害が起きた当初のインパクトをそのまま引き継ぐのは不可能でしょう。

しかし、支援を未だに必要としている方々が大勢いるのも事実です。

 

この辺の要因をもっと明らかにして、報道してほしいと思うのは私だけでしょうか?

 

※ネット上で、著名人を叩き、不謹慎狩りしている方々は、これらに考慮して、いまだに笑顔で写真に写ったり、お酒飲んで週末はしゃいで~みたいなことは自粛されていることと思われます。 え、違うの?

 

 

災害時の命名には配慮が必要

今回、地震で最大の被害を受けたのは熊本県です。

ですが、大分県も大きな被害を受けています。

少し前のニュースにも

「大分も被災していることを忘れないで」

と現地の方の悲痛な声が上がっていました。

 

私は災害時の救援システムには詳しくありません。

多くの「熊本地震募金」も大分の復興にも使用されるのかも知れません。

その辺上手いことやっているのかもしれませんが、そうでない可能性もあります。

仮に大分県には十分な支援物資が回ってないとすると、現地の方々にとっては熊本県よりも厳しい思いをされてらっしゃる方々がいてもおかしくありません。

 

こういった事態に配慮して、「熊本地震」ではなく、「熊本・大分地震と命名したほうが良いのではないかと思っています(命名以外にもいい方法があるかもしれません)。

そうすれば、支援する側も、

「熊本だけでなく、大分も大変なんだな」

ということを改めて認識できます。

 

ちなみに、このように熊本・大分地震という文言を使用していたのは、私が知る限りGoogleが一番最初です。

さすがの一言に尽きます。

 

最後に、

「九州、負けたらいけんばい!! 頑張んなっせ!!」